インタビュー#01 櫻井 鉄也 教授

信頼できるAI日米AIパートナーシップ

米国大学・企業と連携することでさらに強みを発揮する筑波大学のAI研究。「安全なAI」の実現を目指す。

筑波大学 システム情報系
櫻井 鉄也(さくらい てつや)教授

PROFILE
1961年岐阜県生まれ。
1986年名古屋大学大学院工学研究科博士課程前期課程修了。博士(工学)。
現在、筑波大学システム情報系教授・筑波大学人工知能科学センター長。
専門分野は数理アルゴリズム、とくに潜在空間による知識発見やデータ解析、ニューラルネットワーク計算などの AIアルゴリズムの研究を行っている。
固有値解析アルゴリズムに関する研究業績により平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」を受賞。

2024年4月、筑波大学は米国ワシントン大学と人工知能(AI)分野におけるパートナーシップで合意しました。日米両政府の支援を得て設立された「日米AIパートナーシップ((Cross-Pacific AI Initiative: X-PAI)」は、大学間の連携にとどまらず、米国のNVIDIA社Amazon社といった企業も参画し、AIに特化した研究、人材育成、アントレプレナーシップおよび社会実装の推進を目指します。
パートナーシップ合意から約1年が経過した2025年春には、研究プロジェクトが本格的に動き始めました。この10年間におよぶ大型研究プロジェクトを通じて目指すAIの姿や、進化したAIがどのように社会に貢献するのか、筑波大学システム情報系で人工知能科学センター長の櫻井鉄也教授に聞きました。

筑波大学、ワシントン大学、NVIDIA、Amazonの強みを生かした共同研究プロジェクト「人工知能(AI)分野における日米パートナーシップ」

Q .2024年4月にワシントン大学とのパートナーシップ合意を発表してから約1年がたちましたが、研究プロジェクトはどのように進んでいますか。
筑波大学は、AIに関連した研究を進める “リサーチプロジェクト”と、人的交流・社会貢献を推進する“コミュニティプロジェクト”を両輪として展開していきます。
リサーチプロジェクトは「ロボティクス」「ヘルスケア・高齢社会」「気候変動」「AIの効率化」「信頼できるAI」という5つの研究分野について学内で公募を行い、社会実装を視野に入れた各研究課題が具体的に動き始めたところです。これは10年間におよぶ大型の共同研究プロジェクトですから、少し先の未来を見据えて、新たな価値創造やイノベーションにつながる研究を重点的に進めていきたいと考えています。一方のコミュニティプロジェクトでは、学生交流やアントレプレナー教育、スタートアップ支援、リサーチプロジェクトでの研究成果の実用化など、パートナーシップに参画している企業との交流も含めて多角的に展開することを目指します。こうした場や機会は、プロジェクトが終了する10年後から先も研究を発展させていくためにも大変重要です。

ワシントン大学とのパートナーシップを締結したときの集合写真

2024年4月、筑波大学とワシントン大学がパートナーシップに合意

 

Q .櫻井先生から見て、筑波大学とワシントン大学、それぞれの強みはどんなところにあると思いますか。
ワシントン大学は、AI研究において世界をリードする立場にあります。ワシントン大学のデヴィッド・ベイカー博士は、AIを用いたたんぱく質の構造予測と設計により2024年のノーベル化学賞を受賞しました。医学系分野にも強く、かなり大規模な大学病院を持っており、臨床にもとづいた研究でも高いポテンシャルを発揮しています。また、ワシントン大学があるシアトルはマイクロソフトやAmazonなどのハイテク企業が多く、それらの企業と連携している強みがあります。
筑波大学にはロボティクス研究を行うサイバニクス研究センターや、ヘルスケア・高齢化研究を行う大学病院などがあり、複数の分野が集まって分野横断的な研究を行ってきたことが強みになっています。研究学園都のネットワークを活かして、さまざまな国立研究機関と共同研究を進めてきた実績もあります。そのような強みを持つ大学の研究者同士が交流することで、より多様性のあるAI研究を発展させたいと思っています。

ワシントン大学のキャンパスはシアトルの桜の名所としても知られる

サイバニクス研究センターで開発された世界初のロボット治療機器「医療用HAL」

 

Q .今回のパートナーシップにはNVIDIAやAmazonというハイテク企業も参加していますが、ビジネス界と連携することに対してどのような期待を寄せていますか。
現在のAI開発にはGPUをはじめとするNVIDIAのAI コンピューティング プラットフォームが不可欠ですし、AmazonもAWSというクラウドサービスを展開しています。これらのデジタル環境を支える世界的テクノロジー企業と一緒に研究できるということは、アカデミアにとっても大きなメリットがあります。企業とアカデミアでは研究開発の進め方も違い、企業は予算規模が大きく実用化までのスピードが早い一方で、アカデミアは基礎から積み上げていく研究を進める中で思わぬ発見が生まれる可能性があります。企業が私たちに期待しているのは、まさにそのような発見でしょう。NVIDIAのGPUは当初ゲームなどの画像処理に使われていましたが、大学の研究室でAI開発に使われていたのを知り、そこからAI開発へとシフトしていったという逸話もあります。amazonでの会議の様子

想像を超えて進化しているからこそ、プライバシーを守る「安全なAI」が必要

Q .黎明期から人工知能ブームの変遷を見てきた研究者として、現在までのAIの進化をどのように感じていますか。

私の主な研究分野は数理アルゴリズムで、AIの基礎的な技術としてアルゴリズムを開発しています。最近は「安全なAI」をテーマに、アルゴリズム開発を行うとともに、その技術の医療応用にも取り組んでいます。

アルゴリズムを研究対象としてきた立場から見ても、近年のAIの進化は著しく、今のAIがどのようにして答えを導き出しているのか、研究者である私たちも説明できなくなってきています。

従来のAIは、人間が書いたプログラム(手順)の通りに動くものでしたが、今のAIは大量のデータから自ら学び賢くなっていきます。人間でも、何らかの分野に特化した技術を持つベテランになると、なぜそうなるか説明できないけれどできてしまうということがありますね。今のAIはそれに近い状態なのかもしれません。「これくらいできるようになるだろう」と想像していたことをはるかに越えて、できることが広がっている印象です。

 

Q .近年の筑波大学人工知能科学センターの研究成果の中で、特に注目してほしい技術はありますか。

プライバシーを守る「安全なAI」という技術です。暗号処理は安全性が高い反面、計算コストが高いという課題があるので、まったく異なる方法で安全性を高めます。この技術のポイントは、計算コストを増やさず、元のデータを守りながら集めた機械学習ができることです。

機械学習の精度を高めるには膨大な学習データが必要になります。そのために複数の機関からデータを集める場合は、個人情報やノウハウなどの秘匿したい情報に対する配慮が必要です。そこで、私たちは元データと紐付けられないように抽象化したデータを共有して統合的に解析できる技術を開発しました。例えば、この技術を用いることで、複数の医療機関の臨床データを使った統合解析を安全に行うことができます。

この技術により国内9つの医療機関をつないだデータ連携を展開しています。台湾の大学と連携する計画もあり、いずれはワシントン大学やアメリカにもネットワークを広げていければと考えています。

「安全なAI」を活用し、筑波大学附属病院をはじめとした複数の医療機関とのデータ連携を展開

AIの判断プロセスを理解したうえでAIを使えるようにしたい

Q .櫻井先生は今後どのように研究を発展させたいと考えていますか。その先に思い描いているAIの未来像も教えてください。

先ほど話した通り、AIが答えを出す過程はますます見えなくなってくると思うので、AIの判断プロセスを理解したうえでAIを使えるようにしたいと考えています。

AIの判断プロセスがいかに曖昧かを示す例として、オオカミとイヌの画像を見てどちらかを高確率で当てられるAIの話があるのですが、どこを見ているかを調べたら、背景が雪だとオオカミ、背景が芝生だとイヌだと判断していました。つまり、イヌもオオカミも見ていなかったということです。それでは本質的な問題として不安が残りますから、なぜそう判断したのかまで説明できるようにする必要があります。

未来のAIは、さらに自律的に学び、働くようになるでしょう。今のようにAI専門家がプログラミングをする必要もなくなり、誰でも自分のやりたいように直接AIを使えてほしい情報を入手できるようになります。私たちAI研究者は、そんな様子を横目で見ながら、より良いAIの実現に向けて改良を重ねる。そんな未来像を思い描いています。

その第一歩となるワシントン大学とのパートナーシップは、やっとスタートを切ったばかりですが、日米のネットワークを強めながらAIの研究力を上げていきます。

 

Special Movie

「信頼できるAI」の開発拠点を目指して
-筑波大学×ワシントン大学 国際共同プロジェクト始動
青山 祐子 × 櫻井 鉄也