インタビュー#02 大藏 倫博 教授
ヘルスケア日米AIパートナーシップ
健康寿命を5年延伸して、80歳まで元気に暮らせるように。大規模コホート研究で「フレイル予防」を実現。
筑波大学 体育系健康増進学
大藏 倫博(おおくら ともひろ)教授
PROFILE
1972年兵庫県尼崎市生まれ。
1995年筑波大学体育専門学群卒業。2000年同大学院博士課程修了。博士号取得(体育科学)。
国立長寿医療研究センター疫学研究部、米国ルイジアナ州立大学ペニントンバイオメディカルリサーチセンターなどを経て、2004年より筑波大学大学院人間総合科学研究科着任。
2020年より現職。高精細医療イノベーション研究コア長、テーラーメイドQOLプログラム開発研究センター副センター長、国際統合睡眠医科学研究機構主任研究者を兼任。
専門分野はスポーツ科学、応用健康科学。
高齢者の認知症予防や体力作りのため、「スクエアステップエクササイズ」「マットス」を開発。指導者養成や普及に務めている。
近年「Well-being(個人や社会にとって良い状態)」という言葉をよく目にします。体育系健康増進学の大藏倫博教授は、「スクエアステップ」や「マットス」というエクササイズを開発し、自ら普及活動を行うことで、主に中高齢者のWell-beingの実現をサポートしています。
2020年からスタートした「中高齢者のWell-beingをサポートする社会の実現~健康寿命5年延伸プロジェクト~」では、筑波大学人工知能科学センターをはじめとした学内外の研究者との連携を強めながら、ヘルスケアとAI・デジタル技術を融合した研究を推進中です。その中で10万人のつくば市民を対象とした大規模コホート研究を展開中の大藏先生に、ヘルスケア研究におけるビッグデータ解析の重要性や今後への期待などを聞きました。
蓄積したつくば市民のデータを活用し、健康寿命の延伸を目指す「つくばハピネスライフ研究」
大きな枠組みとして進めているのは「中高齢者のWell-beingをサポートする社会の実現~健康寿命5年延伸プロジェクト~」です。このプロジェクトは、研究学園都市であるつくばの特徴を最大限活かした学際的研究を推進する「つくばデジタルバイオ国際拠点」をプラットフォームとして、2020年から10年間にわたり、数十億円規模の予算で進められるかなり大がかりなものです。
つくばには、国際的に卓越したライフサイエンス研究とAI研究拠点があり、筑波大学(医)・農研機構(食)・国立環境研究所(環境)といった研究機関によるバイオリソースが集まっています。2022年4月にはスーパーシティ型国家戦略特別区域(つくばスーパーサイエンスシティ)」に指定され、つくば市民のさまざまなデータを収集した研究を展開できるようになりました。「つくばデジタルバイオ国際拠点」は、つくばに集まるそれらの英知を結集して、全世代の国民のWell-beingの実現をサポートすることを目的として構築されました。
プロジェクトが対象としているのは乳幼児期から高齢期までの全世代ですが、私は主に中高年から介護期の世代を対象に、健康寿命の延伸につながる先制医療を実践しようとしています。
2022年7月から取り組んでいる「つくばハピネスライフ研究」というコホート研究では、つくば市に住む45歳から89歳の中年・高齢者を対象に、2つのフェーズでの調査を行っています。1次調査は毎年1万人にアンケートを郵送して回収するという方法で、健康状態や生活環境などを調べます。この調査を毎年1万人ずつ続けていけば、10年間でつくば市に住む対象年齢の約10万人全員を網羅することになります。
2次調査では、その中から健康リスクが高い約1,000人を対象として、ゲノムや血液、尿などを調べる検体検査のほか、認知機能、睡眠状況、身体機能などを詳細に調べるのですが、毎年同じ人に検査を受けてもらうことで縦断的なデータを取得することができます。

定例ミーティングの様子
つくばスーパーサイエンスシティだからこそ、大学病院にある電子カルテや医療レセプト、つくば市が持っている国保健診・レセプトや介護データなどのデータを紐付けた、あらゆる健康情報を活用できるというメリットがありますね。そこに「つくばハピネスライフ研究」の1次調査で得られる10年間10万人分のアンケート結果、2次調査で得られる詳細な医療・臨床データが加わったビッグデータが構築されるのです。
そのデータを元にした医・食・環境因子の背景を調査した介入試験、つくばデジタルバイオ国際拠点のバイオバンクのコホート検体を用いた二次利用研究も可能で、筑波大学内の研究者に限らず、共同研究先の企業にも広く利用してもらえるような仕組みも構築しました。
つくばハピネスライフ研究を通して取得したデータを解析して「フレイル自動評価システムの開発」に取り組んできました。これはAMED(日本医療研究開発機構)の支援によるもので、健康寿命の延伸において大変重要な「フレイル(日本語では「虚弱」)」の予防、改善のための取り組みです。
フレイルには、社会的フレイル(閉じこもり、独居、困窮など)、身体的フレイル(ロコモティブシンドローム、サルコペニアなど)、精神的フレイル(うつ、認知機能低下など)という3つがあり、この研究では身体的フレイルと精神的フレイルを簡易的に評価するシステムを開発しました。
身体的フレイルの評価では、タニタとの共同研究により、椅子から立ち上がるだけで脚の筋力とバランスを測定してサルコペニア(筋肉減少症)の診断ができる「運動機能分析装置ザリッツ」を開発しました。また、精神的フレイルに対しては、認知症と診断される前段階の、その前兆が進みつつあるプレクリニカル期を検出できる「プレクリニカル認知症診断」という評価方法を開発しました。
これらの測定結果から自動的に運動プログラムを提案するアプリも開発しており、動画を見ながら運動できるようになっています。

研究成果を研究に参加した地域住民に発表
運動プログラムを提案するアプリはその1つで、行動変容を促してフレイルを予防したり体力を向上したりする目的で開発しました。
そのほかにも、病気未満とされる軽度不調を食事によって改善する介入研究を行っています。これは大豆たんぱくを含むバランスの良い食事を多く摂る群と少なく摂る群を比較して、その効果を検証するものです。
また、つくば市全体を37の小学校区で分けて、小学校区ごとの認知機能低下や軽度不調のリスクを解析し、リスクが高い地区に対して介入する研究も始めようとしています。例えば、住んでいる地域が外に出歩きやすく、安全で歩きたくなるような土地ならば体力維持がしやすい反面、外に出られなくて車でしか出かけられないような場所だと体力低下が進みやすいなどというように、認知機能や体力の低下につながる環境要因や生活要因などを踏まえたうえで、どのような運動プログラムを提供すれば効果がでやすいかを明らかにすることが目的です。
フレイル予防のために「スクエアステップ」や「マットス」、健康寿命を評価するために「健康寿命評価尺度」を開発
「楽しい運動」と名付けたそれらの運動は、フレイル予防や体力向上のために開発したものですが、社会交流を促して地域全体を健康にすることを目的としています。
代表的なものとしては、私が大学院生だった1997年に着想して開発した「スクエアステップ」があります。スクエア(マス目)で区切ったマットの上で前後・左右・斜め方向へステップを踏むエクササイズで、認知機能の低下予防や睡眠障害改善、体力向上のエビデンスが多数出ています。2007年にNPO法人スクエアステップを立ち上げて、これまでに国内外で計1万人以上の指導員やリーダーを養成し、国内外で普及に努めています。
もう一つの「マットス」は、専用のボールをマットに投げて、落ちた場所に応じて加算される点数を競うという競技です。ボールが落ちた場所によって「役」ができるという競技性もあり、チーム戦でも楽しめます。これも一般社団法人マットス協会を立ち上げて、指導員の養成や普及活動を行っています。

マットスには、「楽しさ」「安全」「効果」「継続」という健康づくりや介護予防に必要な要素が含まれている
私たちはここまで紹介したように数々の健康寿命の評価方法を開発してきましたが、もっと手軽に評価する方法ができないかということで、日本スポーツ協会のプロジェクトの一環として「健康寿命評価尺度」を開発しています。
この尺度は、年齢、開眼片足立ちの時間、5回椅子から立ったり座ったりするのにかかる時間、3m前方にある目印(コーン)をぐるっと回って戻ってくるのにかかる時間(タイムドアップアンドゴーテスト)、これらをストップウォッチで計測するだけで、8年以内に介護状態になる確率を算出できるというものです。体力測定をやらずアンケートに答えるだけでもある程度評価できる項目も開発しています。
それにより現時点での危険度を知ることも重要ですが、タイムドアップアンドゴーテストが8秒から7秒になればどれくらいリスクが下がるかといったことをフィードバックできるので、体力強化のモチベーションにもつながりますし、自治体レベルでの評価にも役立ちます。
蓄積した研究データから新しい知見や技術を生み出すために必要な、データサイエンスやAI分野との連携
ハピネスライフ研究では、大学病院での診療データやつくば市のレセプトデータなど膨大な量のデータを扱うことになりますから、データサイエンスやAIの研究者との連携は欠かせません。これまでにも人工知能センターと連携して、データ解析など進めてきた実績があります。
ワシントン大学と筑波大学の「日米AIパートナーシップ((Cross-Pacific AI Initiative: X-PAI)」の研究課題では、ハピネスライフ研究をさらに発展させたAI解析なども考えています。例えば、認知症、軽度認知症(MCI)、プレクリニカル期という3段階のうち、認知症になる前の軽度認知症やプレクリニカル期を高精度に判定するための指標の探索や、複数の指標の中での優先順位づけなどについて、AI解析が役立つのではないかと期待しています。
今の私に課せられているのは、つくばハピネスライフ研究を継続することです。コホート研究は莫大な費用とマンパワーを必要とするものですが、今後3年、5年、10年と継続することでほかにはない貴重なデータを集めれば、そのデータから新しい知見や社会実装につながる技術などが生まれるでしょう。
となると、それらのデータを有効活用するアイデアが問われますが、AI研究の櫻井鉄也先生をはじめ、睡眠研究の柳沢正史先生、医学医療系の高橋智先生など、学内のスペシャリストのほか、農研機構や環境研とも連携できるのがつくばで研究する強みです。
AI解析を通じて、私が予想もしていなかったような応用可能性も出てくると思いますから、さまざまな企業にも参画してもらい、幅広く共同研究を展開していければと思います。
Special Movie
健康寿命を5年伸ばせ!
-AIで解析 1千人の生活習慣
青山 祐子 × 大藏 倫博